政宗が天正19年(1591)に米沢城から岩手沢城(岩出山と改名)に転賦された時、岩手沢あたりは以前は大崎氏の領地でした。そこに奥州管領大崎氏が鎮守府八幡宮を遷祀し、守護神として篤く崇敬したため、大崎八幡宮と呼ばれていました。
大崎氏の滅亡後伊達政宗が岩出山城内の小祠にご神体を遷し、政宗が仙台に居城を移した折、仙台城の乾(北西)の方角にあたる現在の地に祀られました。このとき旧領の米沢で代々崇敬していた成島八幡宮も共に祀られました。

大島八幡宮の一の鳥居。昭和63(1988)年に御鎮座380年を記念して建立されたもので八幡宮の額の大きさは畳3枚はあり、300キロの重さがあるそうです。

二の鳥居は寛文8(1668)年4代藩主伊達綱村の寄進によるもので、県指定有形文化財です。

大島八幡宮の二の鳥居をくぐり、三の鳥居を見ながら石段を上ると八幡宮の長床が見えます。立ち止まって後ろを見ると、仙台城が見えるのだそうですが、木が大きくなって視界をさえぎり見えません。

社殿の前には割拝殿様式の長床があります。 重要文化財です。創建年月は不明ですが、御社殿と同じ時期の建築とされているそうです。奥に見えるのが社殿です。

慶長9年〜12年(1604〜1607)にかけて政宗が建立、現存する最古の権現造り建造物として国宝に指定されています。
正面に大きな千鳥破風と優美な曲線の唐破風向拝がうつくしい社殿です。金色の二羽の鶴は浮き上がってキラキラ輝いています。
平成12〜16年(2000〜2004)に仙台開府400年を記念して解体修理がなされ、政宗が建てた時代の色鮮やかな姿に復元されています。
拝殿内部の壁面には唐獅子や牡丹が極彩色で描かれ、本殿内陣には水墨画が描かれているそうですが、昇殿しなかったので、見られませんでした。
解体修理のための材料を調えるのが大変だった為に、次回100年後の解体修理のために、蔵王のふもとに植林をはじめたそうです。桂、欅、ひば、檜の苗木を広大な土地に植え、育成しているとのことでした。(仙台博物館樋口学芸員の談)
拝殿と本殿をつなぐ石の間の天井は格天井で、金箔を押した上に50種以上の草花が描かれているそうで、仙台博物館は修復作業の時実物を展示したそうです。
拝殿の欄間には「にらみ猫」の彫刻があるそうです。後に日光東照宮の左甚五郎作の「ねむり猫」になったのでしょうか?この「にらみ猫」も見られません。残念!

拝殿の長押には胡粉極彩色の彫刻があり、「天女の足の裏まで描かれていますのでよく見ていってください」とのガイドの説明でした。
下は総黒漆塗りです。黒の柱に金の龍が取り付けられているのが面白いなぁと感じました。

入母屋屋根の本殿と拝殿とをつなぐ石の間の様子、権現造りです。静岡の久能山東照宮、日光の東照宮の建築様式ですが、ここ大崎八幡宮はそれより以前に建築されていました。
政宗は普請には京都や紀州から当世随一の名工をまねき、仙台城、瑞巌寺、大島八幡宮を建設させたものだそうです。
豊臣家召抱えの梅村日向守家次、梅村三十郎頼次、刑部左衛門国次、鍛冶雅楽助吉家や狩野派の絵師狩野左京がかかわっていました。
仙台駅西口バスプール15番乗り場約20分 八幡宮前バス停下車
所在地 仙台市青葉区八幡4-6-1
拝観時間 境内は自由
電 話 022-234-3606
*社殿内部は非公開