伊達正宗と関連略年表

西暦
和暦
できごと                      
1567
永禄 10
伊達梵天丸(藤次郎政宗)、米沢に生れる。 
1584
天正 12
伊達政宗家督を相続する。
1589
    17
伊達衆、6月、磐梯山麗摺上原に、葦名勢を破る。
1590
    18
伊達政宗、小田原の豊臣秀吉のもとへ参陣。秀吉の奥州仕置。
1591
    19
伊達政宗初上洛。葛西、大崎一揆。9月米沢から岩出山へ移住。
1592
文禄 元
伊達衆、岩出山から朝鮮出兵のため名護屋へ。文禄の役参戦。
1593
    2
朝鮮半島釜山に上陸、各地を転戦。石垣の普請も行う。
1594
    3
伊達政宗吉野の花見に随行。豊臣秀吉、伏見城を造営。
1598
慶長 3
豊臣秀吉、伏見城で逝去。
1600
    5
関ヶ原の戦い、福島白石の戦い、仙台城縄張り。
1601
    6
仙台に城と城下町を造り始める、岩出山から仙台へ移住開始。
1603
    7
徳川家康、征夷大将軍となり江戸幕府を開く。岩出山城を四男宗泰に与える。
1604
    9
松島五大堂再興なる。
1605
    10
徳川秀忠、二代将軍となる。
1607
    12
塩釜明神宮殿完成、遷宮を行う。大崎八幡宮完成、遷宮を行う。国分寺薬師堂再興成就。
1608
    13
伊達政宗、花壇において家中知行割を行う。
1609
    14
松島瑞巌寺上棟。
1610
    15
仙台城本丸大広間が完成。
1612
    17
スペインの答礼使一行来仙。仙台藩領沿岸を測量。
1613
    18
伊達政宗、支倉常長ら遣欧使節を派遣する。
1615
    20
大阪夏の陣。豊臣氏滅亡。
1616
元和 2
地震により本丸石垣、櫓などことごとく破損。
1617
    3
大風雨により広瀬川洪水。大橋、花壇の橋など流される。
1620
    6
松島瑞巌寺本堂障壁画の制作がはじまる。元和8年まで。
1627
寛永 4
伊達政宗、幕府から若林城造営を許可される。
1628
    5
若林城への移住の儀がおこなわれる。
1636
   13
伊達政宗逝去、享年70歳。二男宗忠藩主となる。

慶長使節関連略年表

西暦
和暦
できごと
1613
慶長 18
9月15日、支倉常長らをメキシコ経由で欧州に派遣する。12月16日 、メキシコ・アカプルコに到着。幕府10名、外人40名、キリシタンの代表など180名     
1614
    19
2月メキシコ市到着、4月出発、5月スペイン船で出航。9月キューバを経てスペイン到着。9月18日セビリアに入る。10月24日セビリア出発、コルドバ、トレドを経て11月20日マドリード到着。
1615
元和元年
1月2日支倉常長がマドリードでスペイン国王フェリペ三世に謁見、同20日王立女子修道院で洗礼をうける。ローマ訪問の許可を待つ。6月末にマドリードを出発、アルカラ、サラゴサを経て、バルセロナで乗船、サン・トロペ、ジェノバを訪れた後、9月3日ローマに入って教皇パオロ5世の内謁を得る。同7日ローマ入市式、12日クイリナーレ宮殿において公式謁見式に臨む。10月3日支倉常長ら8人にローマ市公民権を授与。11月18日ローマ市を離れ、フィレンツェ、ジェノバを経由スペインへ向かう。
1616
元和  2
3月マドリードに立ち寄り、セビリアに到着。返書の発給を待って滞在を延長する。
1617
     3
6月スペインを離れ帰国の途につく。
1618
     4
3月、メキシコを発ってマニラへ向かう。2年余滞在。
1620
     6
支倉常長らが便船で長崎に帰国する。
1621
     7
支倉常長死亡?
1624
寛永元年
ガリバリヨ神父とキリシタン8名が広瀬川原で処刑。
1637
    14
キリシタン詮索を厳しく実施。支倉家の家扶2名が殉教。
1640
    17
支倉家の家扶3人が殉教。常長の長子常頼がキリシタンとの関わりで斬罪に処される。弟も逃亡して支倉家は改易、関係資料は藩の没収になる。
1876
明治  9
明治天皇の東北巡幸に際し、支倉資料を天覧に供する。
2001
平成 13
慶長遣欧使節関係資料が国宝に認定される。

伊達政宗歴史講座の資料を参考にさせていただきました。

サイトMENU

サイトMENU

Copyright (C) 2008 伊達政宗. All Rights Reserved.